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キリストの必要性〜コリント人への第一の手紙12章に思う〜

 

この世の中に神様を信じる宗教は多いし、神様を信じている人々は多い。

その中でもキリスト教は33%と約1/3を占めています。

神様を信じ、かつ救い主なるキリストを信じるキリスト教。

そこにはキリストという存在とその必要性・絶対性があります。

世界

ここで一つの疑問が生じます。

なぜ、キリストという存在が必要なのか。

ただ神様を信じるだけではいけないのか。

 

御言葉を聞いて、聖書を読んでその問いに対する答えを私は見つけました。

コリント人への第一の手紙12章12節から27節を読んでみたいと思います。

 

コリント人への第一の手紙12章12節から27節

:12)からだが一つであっても肢体は多くあり、また、からだのすべての肢体が多くあっても、からだは一つであるように、キリストの場合も同様である。

:13)なぜなら、わたしたちは皆、ユダヤ人もギリシヤ人も、奴隷も自由人も、一つの御霊によって、一つのからだとなるようにバプテスマを受け、そして皆一つの御霊を飲んだからである。

:14)実際、からだは一つの肢体だけではなく、多くのものからできている。

:15)もし足が、わたしは手ではないから、からだに属していないと言っても、それで、からだに属さないわけではない。

:16)また、もし耳が、わたしは目ではないから、からだに属していないと言っても、それで、からだに属さないわけではない。

:17)もしからだ全体が目だとすれば、どこで聞くのか。もし、からだ全体が耳だとすれば、どこでかぐのか。

:18)そこで神は御旨のままに、肢体をそれぞれ、からだに備えられたのである。

:19)もし、すべてのものが一つの肢体なら、どこにからだがあるのか。

:20)ところが実際、肢体は多くあるが、からだは一つなのである。

:21)目は手にむかって、「おまえはいらない」とは言えず、また頭は足にむかって、「おまえはいらない」とも言えない。

:22)そうではなく、むしろ、からだのうちで他よりも弱く見える肢体が、かえって必要なのであり、

:23)からだのうちで、他よりも見劣りがすると思えるところに、ものを着せていっそう見よくする。麗しくない部分はいっそう麗しくするが、

:24)麗しい部分はそうする必要がない。神は劣っている部分をいっそう見よくして、からだに調和をお与えになったのである。

:25)それは、からだの中に分裂がなく、それぞれの肢体が互にいたわり合うためなのである。

:26)もし一つの肢体が悩めば、ほかの肢体もみな共に悩み、一つの肢体が尊ばれると、ほかの肢体もみな共に喜ぶ。

:27)あなたがたはキリストのからだであり、ひとりびとりはその肢体である。

 

またコロサイ人への手紙も見てみたいと思います。

 

コロサイ人への手紙2章19節

:19)キリストなるかしらに、しっかりと着くことをしない。このかしらから出て、からだ全体は、節と節、筋と筋とによって強められ結び合わされ、神に育てられて成長していくのである。

 

ここで、キリストを頭にたとえて、人々を肢体にたとえています。

人は熱さや冷たさ、痛みなどの刺激をどこで感じるでしょうか。

また喜びや悲しみ、怒りや楽しみをどこで感じるでしょうか。

幸せをどうやって感じることができるでしょうか。

人は頭で、脳で、それらを感じるのではないでしょうか。

もし脳がなければ熱さや冷たさ、痛みなどの刺激も感じないだろうし、喜怒哀楽といった感情もないでしょう。幸せを感じることもできないと思います。

このことを考えた時に、私たち(肢体)キリスト(頭・脳)を通してこそ神様を正しく、そしてはっきりと感じることができるのだということを悟るようになりました。

ああ、結局はキリストを通してなのだなと。

ヨハネによる福音書14章6節にはこう書かれています。

 

ヨハネによる福音書14章6節

:06)イエスは彼に言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。

道がなければ©摂理

道がなければ©摂理

キリストは道です。道がなければ目的地に到達することができないように、キリストを通してでなければ私たちは神様にたどり着くことはできません。

だからキリストが必要なのです。

罪多き私たちと神様とを仲保してくださる唯一の方、キリスト。

私たちはキリストなしには生きることはできないのだと改めて感じた日曜日の朝でした。

 

キリストの必要性©摂理

キリストの必要性©摂理

 

 


About ichiro (411 Articles)
摂理(キリスト教福音宣教会)で信仰生活をする30歳。職業はネットワークエンジニア。 日本キリスト教福音宣教会で初のYouTuberとして活躍中(?)です。ぜひYouTubeも見てチャンネル登録してください。 映像編集と写真動画撮影、音響関係に興味があります。主な使用機材はDMC-GH4とDMC-GH3です。

6 Comments on キリストの必要性〜コリント人への第一の手紙12章に思う〜

  1. “なぜ”キリストが必要なのか,今一度再確認できました!

  2. 道が無ければ、確かに行きたくてもいけないですよね。
    道を造るのもまた大変ですし。
    私たちに道が必要なように、キリストが必要なのですね。
    道があったら楽ですしね。

  3. 何も知らないって、怖いですよね。
    教えてもらうことが本当に大きいです。
    神様を漠然と信じても、、その知っている次元で終わりますよね。
    もっともっと知って、人生の道を歩みたいです。

  4. キリストを頭とするときに、「神に育てられ成長する」んですね!

  5. キリストが頭で僕が身体、、、。とても恵みある言葉で、幸せになれます。

  6. 非常に分かりやすい説明でした。
    キリストは身体の中で頭のような存在であり、神様に通じる道のような存在なのですね。
    頭があってこそ人生を生きられるし、道があってこそ人生の道を歩いていけるなーと感じました。

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